幸せ運ぶ奈良の死神?今日からあなたも“正しい激辛道”へ

熱狂と酔狂 ディレクターズコラム


幸せ運ぶ奈良の死神?今日からあなたも“正しい激辛道”へ

ピピー!カプサイシン警察です!STOP!唐辛子愛のない激辛料理!!
合成カプサイシンで“美味しい辛さ”を捨てた店にはもう騙されない!“辛くて美味しい”を実現するため立ち上がった国産激辛一味たちが刺激する、激辛の流行に迫ります。


酒井 純信

社会の檻の錠前破りにしてひとり働きの動画屋。死んだ魚の目なんて比喩がありますが目をキラキラさせ生きるおっさんも同時代にいる。その生き様を動画で綴りインターネットに流しますので、檻から抜け出す鍵を見つけてください。


“カプサイ神”芥川雅之が実を粉にして作る一味

激辛メニューを追い求めると粉やオイルばかりがどんどん盛られて、まるで原料を食べているような気持ちに…これって美味しいんだっけ?激辛=チャレンジになっていません?そしてなにやら漂う、人工的な香り、これはカプサイシンソースだ!日本の激辛メニューで多く使われる安価な合成カプサイシンや、味見もできないほどの激辛メニューが“辛い料理”と“美味しい料理”の間に壁を作ってしまった。

そんな中、「美味しい激辛」を求め出会ったのが、奈良県桜井市で超激辛品種にこだわり一味や激辛調味料などを生産する芥川雅之さん。「超」が付く激辛品種のほか、毎年200品種以上の唐辛子を栽培する、辛味の専門家だ。激辛を追い求めると癖の強い(はっきり言うと臭い)品種ばかりになるのを、個性は残し臭いを抑えるのが芥川さんの腕の見せ所だ。一流の激辛品種たちを独自の低温加工技術で製品化する激辛調味料のパイオニアに話を聞いた。

激辛ハンドで、君と握手!

真っ赤でゴツゴツ、まるで尻尾が生えた死神、超激辛品種のカロライナ・リーパー(2140800SHU※スコヴィル値=辛さの単位)をわしわしと素手で収穫する芥川さん。うっかり汁が手につくと40度のお湯が100度に感じるほどの刺激だという。数値上は警察の催涙弾1600000SHUより辛さの値が高いシロモノだけれど、彼にとっては手慣れたもの。たまに汁がついちゃうけど…慣れているから大丈夫らしい。
激辛品種は催涙弾など兵器用のほか、麻酔代わりの医療用などとして品種開発されてきた歴史があり、スコヴィル値はハバネロの登場以降インフレ傾向にある。素手で触ると危険という激辛唐辛子を見ていると、「これを口という粘膜に入れるんだよな…」と、ちょっぴり怖くなっちゃうぜ。

参考までに一般的なスコヴィル(SHU)値を紹介するので唐辛子ガーデニングの参考にしてほしい。
カロライナ・リーパー(キャロライナ・リーパー)2,140,800SHU
モルガ・スコーピオン146,8000SHU
ブート・ジョロキア708,800SHU
ハバネロ400,000SHU
鷹の爪45,000SHU
ハラペーニョ青果5,000SHU

唐辛子は育てる環境によって品種が同じでも辛さの数値に大きな差が出る。芥川さんはそのポテンシャルを限界まで引き出す事にこだわるために、自分一人で手をかけられる範囲でのみ作付けをして、品質の責任を負っている。

激辛品種は赤が多いけれど、農園には黄、紫、黒、白、オレンジと、いろんな品種が植えられている。芥川さんがクリーム色のものをもいで渡してくれたので齧ると、柿と梨を足したような初体験の甘さが口の中に広がった。フルーツ唐辛子というジャンルがあるそうで、辛さは全くないのだ。初めは形や色の美しさから唐辛子栽培にのめり込んだという芥川さん。商品用以外のあまり辛くない品種や、ましてや甘い品種は観賞用だ。芥川さんの土俵はあくまで激辛品種なのである。商売を始めた当初、国内に激辛品種の加工品生産者はおらず、海外の唐辛子マニアたちとメールなどで交流を重ね、種子を分けてもらいながら農園と激辛のマーケットを育ててきた。

辛さゼロの甘い品種
前ギネス品種のカロライナ・リーパー。危険度を見た目で伝える親切心が痛みいる…

いい激辛、悪い激辛、その線を引くのは…愛!?

品種にこだわり、その品種の中でのスコヴィル値を最大まで引き出し、なおかつ激辛品種の癖の強い臭気を技術で抑える。唐辛子の乾燥には、芥川さんがサラリーマン時代に地元・奈良で三輪そうめんの製造に携わり、寝る間も惜しんで働き身につけたという低温乾燥技術を応用している。さらに製薬会社とも共同で唐辛子の分析。伝統とサイエンスの組み合わせにより、最高品質の一味を目指している。製薬会社スタッフとの会話がきっかけで臭気の軽減のヒントが得られたり、のめり込む同志がいることで技術は今もどんどん磨かれているという。

そんな芥川さんが唐辛子迷子だった私に紹介してくれたのが表参道の名店、「赤い壺」だ。多様な品種の唐辛子それぞれが持つ個性にあわせメニューを開発していくという唐辛子ファーストの店だ。店主の大須賀友美さん曰く、唐辛子を嫌いになって欲しくないというのもお店を始めたきっかけの一つなので、適量を適した食材に使うことをモットーにしているという。レベル分けも明確で、初心者でも安全に歩みを始められるし、ベースの料理がそもそも美味しいので「旨辛」を楽しむうちに客は次第にさらに辛さを求め、激辛沼へとはまり込んでいく…。超激辛品種は特に量も組み合わせも見極めが重要になるため、使い分けも難しいが、素材と使用する唐辛子の個性を把握して組み合わせる。素材の個性の把握や、適量を量る味見が辛くなるほど大変だが、唐辛子愛が強いからこそ、激辛品種のメニューまで気を配れるのだ。

鶏の山椒和えをキャロライナリーパーでオーダー
意外と激辛は苦手な店長のゆうちゃん

辛さで下駄を履いたような料理は選ばずに済むように

取材にあたり赤い壺以外にも、東京の激辛店をいくつか訪問した。芥川さんは「激辛ブームが盛り上がらん」というけど、美味しい店も探せばあるんじゃあ…?と思い、家賃もお高そうな町のそこそこ続いている有名店に訪問、初めてのお店なので辛さ控えめにしたら、パッとしない。部活の先輩の家で出てくるようなレベルのご飯がちょっと辛いだけ。ベースの料理が美味しくないのに、辛さを足したところで、結果は言わずもがなだ。激辛メニューも一応頼んではみたものの、あんまり美味しくない。食べる側も”激辛メニューを完食する”ゲームみたいな店選びはせず、まずは美味しくて辛い料理がどこにあるのか探して、”品種の個性”を把握した店で激辛に挑戦してみてほしい。唐辛子愛のある店ならば、自分たちが使う自慢の唐辛子の説明があったりするはずだから、そういった文章も見分けるヒントになる。辛いと旨いは同じ皿に盛り付け可能と気付けば、正しい激辛の選択肢が選べるようになるはずだ。激辛沼は、君を待っている!!