カモシテ ディレクターズコラム
追跡!どぶろくたぬきが造る未確認発酵体!
あれっ?米俵がなくなってる!年貢が納められないっつーの!と思ったら、木桶の中にお酒が出来てる!?小高郷の住人たちが喜んでいると物陰に何やら気配が…隠れていたのはいつぞや助けたどぶろくたぬき、のちの醸造家、立川哲之であった…
ファントムがささやくのよォ(浜通り弁のイントネーションで)
「ぷくぷく醸造」は、クラフトサケ(※)ブルワリーの「haccoba」から独立した立川哲之杜氏が立ち上げた醸造所。福島第一原発事故による影響が今も続く福島県の浜通りに「地元の人たちが誇れる地酒を作りたい」と思ったからだ。
日本酒蔵やビールブルワリーなどの酒造り事業者に醸造設備を借りて酒を製造・販売する“ファントムブルワリー”というスタイルで酒造りを始め、2022年から10事業者とお酒を造ってきた。
クラフトサケらしい自由なレシピで旨味、酸味、フレーバーの個性が際立つぷくぷく醸造のお酒は、マニアックな造りも相まって人気酒となっている。2024年に福島県南相馬市の小高区にその他の醸造酒の酒蔵を設立、これからは好きな時に好きなだけお酒が造れると立川氏はニッコリ。まずは生産量を追わない、造っていて楽しい作業量を大切にした酒造りを目指している。
※クラフトサケ=日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、米を原料としながら従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルの酒(クラフトサケブルワリー協会による定義)
反則と呼ばれた小高の米
酒造りに使うのは、南相馬市小高にある根本有機農園の米。委託醸造先でも嫉妬されるほど高品質の酒米で、立川氏は「お米に引っ張ってもらってる感覚」と語る。
初回醸造で使う「雄町」は酒米の中でも古くからあり、麹菌がよく根を張り(深く食い込み)もろみによく溶けることから好まれてきた品種。栽培が難しく、温暖な岡山生まれゆえに東北での栽培は不可能とも言われていた中、根本有機農園が栽培に成功した。
前職のhaccoba時代から惚れ込んでいた根本さんのお米で”浜通りに地酒を”の想いを実現するため、独立後も小高での酒造りを決意。「haccoba」から歩いて10分程度、元は美容室だったという空き家を改装して、自分たちの「蔵」を作った。
まずはどぶろくのようになるべく酒粕を出さずにお米全部をボトルに詰めてまっすぐに届けるお酒を主軸に、発芽玄米・籾米・ホップ(その他の醸造酒になる原料)を入れた酒も造る。
副原料を入れたお酒もなるべく絞らないつもりながら「絞った方が美味しいものは絞ります!」と、柔軟な思考で、小高の地酒を目指していく。
田んぼとパネルのせめぎ合い
南相馬市小高区は東京電力福島第一原発から20キロ圏内にあり、2016年7月の避難指示解除後も、耕作放棄地が目立つ現状がある。一部は復興支援としてメガソーラーが設置されているが、エネルギーのために住み慣れた土地を追われ、更にエネルギーのために景色が変えられる事に戸惑う声も少なくない。お米を原料とするぷくぷく醸造の酒造りは、ぼさぼさの耕作放棄地を田んぼに蘇らせ、小高らしい風景を取り戻すことも目指している。
マッド(土のほうの)サイエンティスト・てつゆき
「僕は土になりたいんです。足し引きの計算はしないけれど、微生物たちに必要なものは全部持っている豊かな土壌に」
前職のhaccobaではクラフトサケ黎明期から、様々な技術と原料の組み合わせを試してきた立川杜氏。たくさんのレシピを試した結果辿り着いたのが、酵母も乳酸菌も、培養されたものは蔵に持ち込まないという酒造りだ。
クラフトサケの可能性を追い求め、沢山の設計図を描いて尖ったレシピの酒を造った先で、今は環境と微生物に委ねる造りに辿り着いた。自然な造りの中で必要な微生物が湧かない・不必要な微生物による汚染が起こるリスクについては、根が完璧主義者で知識と経験がある立川杜氏によるリスク回避が徹底されており、特に衛生意識が抜きん出て高い。酒のレシピは描かないけれど、環境設計の緻密さで味わいの着地点を整える。古典技法の酒は特にオフフレーバーが出やすいが、衛生・温度管理によって、攻めたレシピでもクリアな味わいに初回醸造の水酛どぶろくも仕上がっていた。
米と水に立ち戻る酒造りで土壌系Mudサイエンティスト(筑波大学生命環境学群卒業)の酒造りは走り出した。綺麗さと酵母の元気さの両立した、小高のどぶろくを注いでみれば、なるほどぷくぷく泡立っている。これからの地域が湧き立つような地酒づくりに期待したい。