著名音楽家の演奏を記録し忠実に再現!約100年前の自動演奏ピアノ

ディレクターズコラム


著名音楽家の演奏を記録し忠実に再現!約100年前の自動演奏ピアノ

レコードの登場よりも前に、演奏を保存できる技術があったことをご存知だろうか。それは「自動演奏ピアノ」。約100年前すでに、演奏者本人のタッチの強さやペダル使いなどを記録し再現する技術が生まれていた。著名な音楽家たちも演奏の記録を残したという自動演奏ピアノの正体とその歴史を紐解く。


ウメダナツキ

岐阜生まれの映画好きディレクター。企画、撮影、編集、配信までワンストップで制作。初めて劇場で見た映画は「ゴースト/ニューヨークの幻」。少年の私は字幕も読めないのに感涙した。


筆者のカメラで収めた映像。最適化された録音環境ではないが、自動演奏ピアノの魅力を少しでも垣間見てほしい。

100年前の自動演奏機|温かな音色

現在、自動演奏ピアノというと、アコースティックピアノに電子機器を搭載し、電磁石に流れる電流のタイミングや強さで鍵盤をコントロールするというのが一般的だ。しかし驚くことに、こうした技術が普及するよりもずっと前から、自動演奏ピアノが存在していた。その存在を知ったのは、名古屋市で開かれていた展示会だ。
ここで私は、1927年製スタインウェイ社の自動演奏ピアノで、ジョージ・ガーシュイン作曲の「ラプソディー・イン・ブルー」を聴いた。この楽曲は「のだめカンタービレ」などあらゆる映画やドラマで使用されている名曲だが、その自動演奏はなんと、ガーシュイン本人の演奏をそのまま再現したものだという。

スタインウェイ デュオアート リプロデューシングピアノ(アメリカ・1927年製)

この道33年のベテラン修復士が仕組みを簡単に説明し、自動演奏装置を作動させ始めた。ピアノの鍵盤下部にある木製のレバーを横に引くと、ピアノ内部に組み込まれたクランク(歯車を回す部品)がカタカタと回転運動を始め、譜面台の下に内蔵された紙製のロールがスルスルと回り出した。
すると、たちまちあのメロディーが鳴り響いた。とても100年前の演奏機とは思えない正確性となめらかさで、デジタルな音にはない温かみがあった。

電動モーターで回転運動をする木製のクランクが歯車を回している。
ピアノロールに開けられた穴が、鍵盤のキーに対応している。
鍵盤は自動的に弾かれて演奏される。

空気圧を利用した仕組み

温かみの所以は、木製のピアノという他に”収録・再生の方法”にある。

収録方法は、演奏中の鍵盤の動きやペダリング等を電気信号に変えて記録を取り、それに基づいてロールに穴をあけるというもの。どのような機械を使ったかなど詳細は各社秘密裏に行われていたため明らかになっていないが、アクセントや音の強弱等も忠実に記録されているというのだから驚きだ。

ピアノはこの紙のロールの「穴」を読み込むことで、音色を奏でる。仕組みを少し詳しく説明すると…ピアノには読み取り用装置が設置されているのだが、この装置にもロールと同じように穴が空いていて、装置の穴とロールの穴とが重なると、外部との大気圧の違いで空気が吸い込まれ(演奏機の内部は常に気圧が低い状態になっている)、その空気が最終的にピアノの鍵盤やペダルを動かすというもの。
穴の種類は、押す鍵盤の位置(全80個)だけでなく、鍵盤を叩く強弱、ペダリングなど、そのほかに演奏に必要な要素を指定するためのものもある。その結果、人が弾いているようなリアルな演奏になる。

演奏機の穴とロールの穴が重なると、気圧の違いから空気が吸引される。
昔の紙は今のようには真っ直ぐでないため、ロールペーパーの微小なうねりを補正するための装置も搭載されている。

“本物の演奏”を後世に

記録のマスター・ロール(初版)には、演奏者本人がチェックしサインを入れた。ラフマニノフ、ドビュッシー、ストラヴィンスキーといった、歴史に名を残した作曲家も名を連ねている。当時はまだ蓄音機の性能が良くなかったため、自分の演奏を後世に届けようと有名無名を問わず多くのピアニストが記録を残したという。

ルドルフ・ガンツ(アメリカで活躍したスイス生まれのピアニスト)のサイン

演奏が終わると、修復師は語った。
「このピアノは、当時最高水準のガーシュインの演奏が聴けるメディアであって再生機。現代の技術でも超えられないところがあるんですよね。音楽というのは、その時代の嗜み方で聴くのがふさわしいかなと」
デジタルには無い温もりを感じる要素は、これらのアナログな作業によるためだろう。私はあたかもそこにガーシュインが蘇って演奏してるかのような錯覚すら覚えた。

歴史を保存するということ

100年前に自動演奏ピアノの技術があったことも驚きだが、遡るとその歴史はさらに古い。なんと16世紀の中頃には、木の筒にピンを埋め込んだ「バレル」という仕組みの小型チェンバロが存在し、人が弾かなくても音楽を奏でることができたという。
製品化されたのは19世紀に入ってからで、20世紀初頭には音の強弱やペダリングを再現し”完全な自動演奏装置”と呼ばれたリプロデューシング・ピアノが開発された。その後、各メーカーがさらに改良を加えると、蓄音機より録音・再生が優れているということで多くの著名ピアニストが自動演奏ピアノを使用して演奏を記録した。
しかしその後、蓄音機の性能が良くなるにつれ、高価な自動演奏ピアノは製造されなくなっていった。

スタイルIX オートマティック ロール チェンジャー(アメリカ・1920年頃製造)

「オリジナルの佇まいをどれだけ残してるかというのがすごく大事なんです。勝手に(布製部品の)素材をビニールに変えたりとかしたら、元々どうなっていたのかということが伝わらない。オリジナルが分からないくらいに改造された楽器も世の中には存在します」
今回、ガーシュインの名曲を披露したのは、スタインウェイ社の1927年製自動演奏ピアノで、ここまでオリジナルの部品を忠実に保存したものは数少ない。とても貴重な代物だ。歴史の保存にこだわりを持つオーナーと修復師のおかげで、当時とほとんど変わらない姿を保っている。

「オリジナルを保つということは、将来の人にバトンを渡すということなんです。維持して、残して、次の代へ引き継いでいく。コレクターの中には、“今の時代に自分は預かってるだけ”という言葉を使う人もいます」
修復師の話には、ただ音楽を再生出来れば良いという訳ではなく、当時のピアニストやエンジニア、愛好者たちが音楽と真剣に向き合った空間をそのまま保存していくという心意気と責任感の強さを感じた。

この自動演奏ピアノは「オルゴールミュージアム展 in NAGOYA」にて生演奏を聴くことが出来る。開催期間は2024年1月21日まで。
「形あるものはすべて壊れる」という言葉があるが、もしかしたらこれほどまでに当時の演奏を忠実に再現した生音を聴くことは、2度と体験出来ないのかもしれない。

オルゴールミュージアム展 in NAGOYA
場所:金山南ビル美術館棟(旧名古屋ボストン美術館)
会期:2023年12月21日(木)~2024年1月21日(日)
主催:京都嵐山オルゴール博物館展実行委員会