ディレクターズコラム
醸造規模は日本最小?!中央線で見つけた地域をつなぐクラフトナノブルワリー
2023年7月に開催された「中央線ビールフェスティバル」には、過去最多のブルワリー(醸造所)が参加。JR中央線沿いには、個性豊かなブルワリーが点在している。イベントの火付け役は、日本最小規模のブルワリー。小さな空間で作られるこだわりのビールが、地域の人々を繋いでいる。
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こだわりのビールは極狭空間から
東京都武蔵境市。JR中央線の高架下には飲食店やクリニックなど、小さな店が軒を連ねている。26Kブルワリーの醸造設備は、その中の一つで洋菓子やコーヒーなどを楽しめる複合施設「ond(オンド)」の中にある。
ビール作りというと、大手のメーカーが各地に持っている「ビール工場」をイメージする人も少なくないだろう。しかし「ond」は平屋建てでそこまで広い建物ではない。
さっそく醸造室の中を覗かせてもらうと、そこには大きな寸胴鍋とタンクが2つずつ。醸造所が併設された「ブリューパブ」スタイルの飲食店では、店の一角にタンクが置かれているのを見ることがあるが、醸造スペースとしてはそれよりも狭い印象だ。
話を聞くと、面積はわずか3坪、畳にすると6枚分。原料や製法にこだわって作られるクラフトビールの醸造所のうち、小規模なところは「マイクロブルワリー」と呼ばれるが、26Kブルワリーはその中でも特に小さい“ナノブルワリー”に分類されるという。
規模が小さくても、基本的な醸造工程は変わらない。まずは麦芽をお粥のように煮て、発酵の元となる糖を作る。その後、麦汁を煮出しながらホップを投入し香りや苦味をプラスする。さらにそれを急冷させながらタンクに移し、酵母を入れて約2週間発酵させれば完成だ。
醸造するビールは毎週1種類ずつ。26Kブルワリーのオリジナルビールはもちろん、企業とのコラボビールなども手がけている。
1杯のビールから武蔵境の魅力も発信
26Kブルワリーの定番ビールの一つが、武蔵境産のトウガラシを使用したレッドエール「Mr. SAKAI」。武蔵境は昭和初頭まで唐辛子の産地で、一度はその栽培が途絶えたものの、地域の人々が町おこしとして復活させたのだそう。地元の産品を使ってその土地のカラーを出せるのもクラフトビールならでは。トウガラシのビール…と聞くと汗が出るような刺激的な飲み物なのでは?!とイメージをしてしまうが、ひと口飲むと焙煎麦芽の香ばしく甘い風味が広がり、喉にほんのりピリリとした刺激が残る。2口、3口と飲めば飲むほどその「ピリピリ感」が心地良くてクセになる、初めての味わいだった。
個性を磨く でも“万人受け”も忘れない
「少ない量で多種多様なビールを生み出せるのがナノブルワリーの魅力」と話すのは、醸造担当の栗山勇太さんだ。クラフトビールはメーカーで量産されるビールとは異なり、作り方次第で苦味や香り、酸味など様々な個性を出すことができる。
26Kブルワリーがこれまでに世に出してきたビールは200種類以上にのぼる。栗山さんら醸造担当者はその時々に思いついたり出会ったりしたものからインスピレーションを得て、ビールのスタイルや副原料など工夫し、様々な味を編み出しているという。
地域の架け橋として
ビールを新たな名物に
26Kブルワリーは、5年前、「武蔵境に新たな名物を作ろう」と立ち上げられた事業。発起人の見木久夫さんは元々、武蔵境で広告やイベントの企画業を営みながら、地域おこしに力を入れていた。そんな時、クラフトビールの醸造所を見学する機会があり、飲料メーカーでなくても自分たちでビールが作れるということに感動。本人はビールはあまり飲む方ではなかったにも関わらず「これだ!」と思いたち、この醸造所を立ち上げた。
ドラフト(生)で提供しているのは「ond」のカウンターだけだが、仕込みが追いつかないほど地元の人たちに愛されているのだそう。
つながりはやがて大きな輪に
実はJR中央線の近辺にはブルワリーが10カ所以上ある。見木さんはこの地域性に目をつけ、2018年に「中央線ビールフェスティバル」を初開催。イベントの企画・運営とブルワリー、両方の知識やノウハウを生かし、その規模は年々拡大中だ。2023年度は過去最多となる18醸造所が参加し、今では地域の人たちも楽しみにしている恒例イベントになった。
2022年からは市内5カ所で原料となるホップの栽培までもがスタートした。ここでも地元の学生やJRの駅員などに作業を体験してもらい、地域の人々との協働を実現している。
さらには、醸造過程で出る麦芽の搾りかす(通常は大量に廃棄される)を地元の畜産系の学部を持つ大学に飼料として提供し、育った牛の肉を「むさしのモルトフランク」として、ビールと共に販売するという循環型の取り組みも。
「我々がただビールを作ってお客様に飲んでいただくだけじゃなくて、みんなで作ってみんなで飲むということを大切にしたい」と見木さん。たった3坪の小さなブルワリーは、ビールと人・モノ・場所をつなぐ大きな存在になっている。