
カモシテ ディレクターズコラム
地域を彩るまぜこぜの酒 震災も参入障壁も乗り越え造る発酵の場
農家それぞれが勝手にどぶろくを造っていた頃のように、自由なお酒造りを。原発事故の避難指示によって一度は居住人口がゼロになった町を「まぜこぜの酒」で盛り上げようと奮闘する酒蔵がある。新時代の地酒は地域の起爆剤となりうるのか。その挑戦を追った。
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カラフルな味わい
日本酒の醸造技術をベースに、副原料を取り入れて造るクラフトサケ(※)。その醸造所は2025年3月現在全国に10蔵ほどあるが、福島県南相馬市小高区と隣の浪江町に蔵を構える「haccoba(ハッコウバ)」は、”日本酒の醸造技術をベースに”と掲げつつもそれに縛られず、ビールの醸造スタイルを取り入れたり、時にはほぼワインのような造りにも挑み、あくまで美味しい液体の可能性を探り続けてきた。

“参入障壁”の先で
2021年2月にhaccobaを立ち上げた佐藤太亮さんは、学生時代から酒造りに興味を持っていたが、日本酒の製造免許は新規取得ができないという制度に壁にぶち当たり、一度は酒造りを諦めた。しかし、「自分がこの世で一番うまいと思う酒を造りたい」という思いが消えず、「ほぼ日本酒の味」と「副原料を活かした味」の両方を表現できるクラフトサケの世界に飛び込んだ。
多様な表現ができるクラフトサケだからこその味わいは、一杯で満足感がありながら、個性の強いエスニック料理とのペアリングにも向く。haccobaのクラフトサケは言葉で表現するなら「カラフルでポップ」。甘みと綺麗な酸味に、シリーズごとに変わる副原料が香りを添える。アブラチャンなどの木質系副原料を使ったお酒はハーブにはないスパイシーさが感じられ、醸造酒の新しい表現が楽しめる。
(※)日本酒とは違い、米、水、麹にハーブなどの副原料を混ぜて作る酒のこと。「その他の醸造酒」に分類される。


新時代の地酒を造る

2023年から造る「水を編む」シリーズは、米の生産者ごとに大きく変わる田んぼの個性を楽しむ酒だ。田んぼごとに品種や育て方も変わるので、味わいにも個性がはっきりと出る。日本酒の利き酒よりも分かりやすいので、飲み手も”推し田んぼ”が見つけやすい。
醸造は東北の民間醸造法「花酛(日本在来のホップである唐花草を加えて作るどぶろく製法)」で行う。根幹の技術は伝統的なのにモダンな表現のお酒に落とし込まれている。

原発事故による風評被害を乗り越えて、まずは食用米生産を再開、次に酒米の生産や、有機栽培、自然栽培と、新しい米づくり(原発事故震災前の米づくりにようやく戻せるとも言える)を始めた農家さんの挑戦の米を受け止める。、東北の民間醸造法の花酛で醸しており、根幹の技術は伝統的なのにモダンな表現のお酒に落とし込まれている。地元の素材で都市部に負けないプロダクトの発信基地を作るという、創業時の目標を実現した。

個性を繋ぐ味づくり
haccobaの酒造りに使う副原料は、使いたいハーブなどの副原料を自分たちで集めて設計する他に、繋がりのあるワイナリーの葡萄の搾りかすや、食品系メーカーの製造工程で出る残渣(例えばチョコレート製造で出るカカオの外皮)など、まだ個性を秘めたままなのに廃棄されることの多かった素材からもフレーバーを引き出して製品化してきた。
これまでに60種以上にものぼるクラフトサケを生み出してきた中で、2024年には、よりローカルな素材から可能性を引き出す新シリーズ「zairai」をリリースした。自分たちで小高の山に入り、杉ぼっくりやヨモギなどお酒に向く香気成分の引き出せる素材を集めてお酒を作るというものだ。
意識したのは、ブリコラージュ的発想(手許の範囲で組み合わせて作る)の素材使い。手の届く範囲にも眠っている素材は沢山あり、手元の素材で醸すお酒作りは、造り手の好奇心を活かしながら、飲み手には完成までのストーリーを味わってもらうことができる。味覚だけじゃない多元的に人を満たすアートな酒を味わってもらい、飲んだ人に浜通りの景色を思い描いてもらえるように。そしていつか小高と浪江に足を運んでもらえるように。

ハレの日は“人と地域の発酵場”
haccobaが作るのはお酒だけにとどまらない。2024年、音楽と食が融合したフェスティバル「YoiYoi in 浪江」を初めて企画・開催した。避難指示が解除されてもすぐに浜通りが元通りになるわけじゃない。けれどこれまでに多くの移住者が浜通りに可能性を感じてやって来て、地域と反応し合い交流を産んできた。昔から地域振興にも興味があったという佐藤さん、掲げたテーマは「食えや、歌えや、文化の発酵。」
フェスティバルに参加してみると、参加者・運営側共に震災と原発事故の後に浜通りと関わり始めたという移住者が多く参加していて、みな新しい祭りを通して、地域を盛り上げること自体を楽しんでいた。火を囲みつつ薪火料理とお酒を手に音楽に浸るというプリミティブな要素をhaccobaらしく洗練したこの祭りは、「東京でもまだ流行っていないような事を浜通りから発信したい」と佐藤さんが語っていた夢のひとつ。移住して来た仲間と、力を貸してくれる地元の人たちを参加者と共にかき混ぜて発酵させ、活き活きしたもろみ造りのように浜通りの可能性を引き出す。まさに人間の発酵場だった。
「今は途絶えてしまっている近くの神社のお祭りもあって、これをきっかけにいつか復活できたらって思うんです」
佐藤さんはお酒づくりを軸に地域文化の復興を目指す。それでもまだまだ、イベントがない日の浪江はびっくりするくらい人がいないのも事実で、原発事故前には約2万人いた浪江町の居住人口はまだ2千人ほど。祭りの会場に用意したのは120席だったが、haccobaの成長とともに町の復興が進み、人口回復と共にいつか規模も大きくなることを願っている。

自由な発酵で醸造の聖地へ
その他の醸造酒免許で造るクラフトサケの出現により、新たな酒造りに参入して、ビール的、ワイン的…だけじゃなく醸造酒全般の発酵技術を取り込みながら、自由なお酒造りを追求してきた佐藤さん。
「味噌や醤油はどの家庭にもあるのに、日本酒だけが無くなってしまった(消費量が減った)現状を変えたいんです」
現在小高にはもうひとつ別のクラフトサケブルワリーが蔵を構えており、様々なお酒の作り手が訪れている。haccobaは小高を「原子力災害の被災地」から「醸造の聖地」へ前進させるきっかけになっていることは間違いない。この地で造られる自由でカラフルなお酒を、あなたもぜひ手に取ってみて欲しい。
