豊永裕美のつかまえて食べる【へぼ(クロスズメバチ)・岐阜県恵那地方】

熱狂と酔狂 ディレクターズコラム


豊永裕美のつかまえて食べるへぼ(クロスズメバチ)・岐阜県恵那地方】

岐阜の伝統食として愛されてきた蜂の子。どんな味で、どのように食べられているのか?聞いたことはあっても食べたことはない蜂の子で作る「へぼ料理」を、食材冒険家の豊永裕美さんと本場である恵那地方に赴き、つかまえてから食べるまでの行程を体験してきました。


酒井 純信

社会の檻の錠前破りにしてひとり働きの動画屋。死んだ魚の目なんて比喩がありますが目をキラキラさせ生きるおっさんも同時代にいる。その生き様を動画で綴りインターネットに流しますので、檻から抜け出す鍵を見つけてください。


ハレの日のご馳走、へぼ

へぼ(クロスズメバチ)は岐阜と長野の県境付近の山間部で愛されてきた食文化です。

①初夏に成虫を捕まえて目印をつける
②巣まで追いかけて掘り出す(道のない山の中で!)
③秋まで巣箱に入れて育て、巣を大きくする
④巣を解体して幼虫やサナギを引っ張り出す(ものすごい手間)
⑤お好みで味付けする

おおむね上記行程を経てやっとたどり着ける珍味で、食べてみると脂の味が甘く濃い、けれど後味は軽い。へぼは甘露煮に仕立て食べるのが一般的な食べ方です。今回訪問したへぼ愛好家が全国から集う「くしはらへぼまつり」では秘伝の飼育法で大きく育てた巣箱を持ち寄って重さを競うコンテストが開かれています。巣箱を解体すれば当然成虫は空に逃げ、会場一帯はへぼが舞い踊るへぼフィーバー、さらにそのへぼを捕獲してお酒につけて遊ぶおばあちゃんも居たりして、へぼ愛が会場を包み込んでいました。昆虫食が騒がれたりする昨今ですが、暮らしの中にずっと根付いてきたのがへぼ食文化、食材探検家の豊永さんはコロナ禍で開催が中止される前、2019年以来の再訪、なんでも食べる彼女は山育ちのじいちゃん達とも仲が良くて、再会とへぼトークに花が咲く。豊永さんに同行して猟師さんや農家さんのところにお邪魔すると”なんでも美味しく食べる人”だけに開かれる扉があるな、と実感します。

防護服は必須のハウス内なのに、なぜか素手の人がたまにいます
食材探検家 豊永裕美さん。スズメバチ駆除の仕事もしています
強いへぼ愛が無いと入場出来ません!

150番、巣箱デカいよ!冷蔵庫か!

計量に向けた解体はビニールハウスの中で行われ、巣箱を積んだ軽トラックごと中に入って解体していきます。主流は木箱だけれど、樹脂系の透明巣箱で巣の様子が観察できるものがあったり、最新のヘボ飼育トレンドを観察できるのが出展者の特権。へぼ飼育は捕獲も含めグループで行う工程が多いので、子供の頃、一緒に山を駆け回り遊んだ50年来の仲間とそのまま遊んでいる関係性がありつつ、「あのおっきな巣はどこの人かねぇ」とわいわいへぼトークを弾ませながらのグループ同士の交流もあったり。防護服を着ているので慣れるまでは誰が誰だかわからん!と右往左往しつつ解体作業を撮らせてもらいました。たまに素手でへぼの巣をビニールに移す猛者もいて、混乱は深まるばかり。大丈夫なのだろうか…ビニールハウスの中はへぼ文化のるつぼや。

コンテスト出展者は大体5キロ越えの巣を持ってきていました

飛ぶように売れる蜂

ビニールハウスを出て一息、刺されるかと思ったけど案外いけたぜ!と屋台をひとめぐり、へぼ味噌を塗ったへぼ五平餅や、米と炊き込んだへぼご飯に舌鼓。幼虫らしいタンパク質と脂の旨味、クリーミーな食感が料理に華(蜂)を添えています。へぼご飯は少しへぼ香があり、コオロギ出汁などで感じるコオロギ香と同じく、食べ込んでいくと飼育環境によるへぼの味の違いもわかる様になるんだろうな、と感じました。五平餅をかじりながら巣の即売会を見てみるとキロ1万の巣が飛ぶ様に売れていて、大きいのをどんと買う派、小ぶりでも詰まっている巣を狙う派、それぞれ美味しい巣を引き当てる工夫をしているとの事。とにかくその場にいる人たちの長いへぼとの付き合い、へぼ愛を実感する時間に身を置いて…とか思ってたら刺された!参加の際は会場を離れるまで気をつけましょう…(祭り終盤に2回刺された)

即売会はいい巣の目利きが試されます
ぷりぷりと美味しそうなへぼの幼虫たち

へぼ名人の秘伝

豊永さんはへぼ名人の高橋さんと初夏にへぼ追いをして、見つけた巣を預けて育ててもらっていました。森の中の、へぼの過ごしやすい光と風のバランスを読んで建てたへぼ小屋には、コンテストに出さなかった巣箱がまだまだたくさんあり、餌やり、掃除、スズメバチの防除など日々の世話もかなりこまめにしていると聞きながら、とんでもない手間だぞ…と名人の名人たる所以を目の当たりに。へぼと共に暮らす覚悟がないととてもじゃないがコンテストに出すような巣は育てられない。そして手間は味と収量にそのまま反映されるんだ、そう実感したのが高橋さんのお家で頂いたへぼ抜き作業中の昼食。豊永さんとのへぼ旅で「これがへぼの香りか」と感じていたへぼ香が全くなくて、旨味を纏ったご飯がまっすぐ幸せを運んでくる。へぼ飼いは秘伝の塊、捕まえ方、育て方、食べ方それぞれのこだわりがへぼの味に反映されると味覚で実感、豊永さんの「食文化は絶対現地で食べる主義」の理由が、同行取材一回目で腹落ちした瞬間でした。食文化は何事も現地で味わってみないと本当の姿は見えてこない。ネットで買った瓶詰めだけで美味いの不味いの言っても、まだまだへぼ食文化が見えていないままの言葉でしかない。

光も、風も気持ちがいいへぼ小屋
巣から抜いたへぼを甘露煮にしてくれる名人・高橋さん(左)

びっくり食材の後ろに在る伝統

地域の家庭で、趣味で飼われていたへぼは、漬物のように家庭ごとに工夫があって、味もそれぞれ違う。大変な手間だけれど工程ごとに家族や仲間が集まりわいわい過ごす時間は、そばにいてとても楽しいものでした。「食べる人が歳いっちゃって、だんだん死んじゃうもんだで」と高橋さんが言っていた通り、祭りの参加者もおじいちゃんおばあちゃんがほとんど。けれど、食も娯楽も産業化されていく中、遠くから岐阜の山奥まで遊びに来る若い世代も居て、へぼ飼いを学んで帰ったりもしている(へぼ自体は全国に生息しているので地元で再現できる)。へぼ文化の美味しさと楽しさを持ち帰ることで、家族、友達、野山との向き合い方も一緒に伝わっていく。これが、高橋さんが教えてくれる一番大切なものだと感じた恵那の旅でした。

ほっぺたが落ちて12針縫いました