「“生まれてすぐ殺処分”の運命を変える。」牛の幸せを考える牧場

ディレクターズコラム


「“生まれてすぐ殺処分”の運命を変える。」牛の幸せを考える牧場

あなたは普段食べている食肉についてどれだけのことを知っているだろうか?命を大切にいただく以前に、経済的理由から生まれてすぐに殺処分されている牛たちがいる。そんな畜産の現状を変えようと奮闘する牧場が九州・大分県の山奥にあった。(2022年取材)


田尾 彩美

山口県出身、第2の故郷は福岡県。これまで報道記者→映像ディレクターとして地方を取材。関心の深いテーマ:職人・工場・環境問題・動物。26歳の時に運命の猫と出会い、犬派から猫派に転身した。


おんせん県に、変わった牛牧場があるらしい

温泉で有名な大分県別府市に、少し変わった牧場がある。
別府の中心街から車で30分、さらに舗装されていない山道に分け入り進むこと10分、ようやく辿り着いたのがその牧場。「宝牧舎(ほうぼくしゃ)」だ。

一体何が変わっているかというと、まず牛たちが自由に歩き回っていること。ここには牛舎などはなく、山に牛を放牧している。牛たちは好きな時に好きな場所にいき、草を食べたり休憩したり。のんびりと自由に過ごしている。私たちが牧場を訪れた時には、道のど真ん中に大きな牛が立ってこちらを見つめていて、どうやって先へ進もうかと頭を悩ませた。

そしてもう1つ、他の牧場とは決定的に違うことがある。それは、ここにいる牛たちがみんな「殺処分される運命にあった」牛たちということだ。
「殺処分される牛」とはどんな牛たちか。病気の牛?怪我をして世話が大変な牛?しかし、ここの牛たちは健康そのもの。一体なぜ殺処分されることになっていたのか?牧場を経営する山地辰馬さん(タツさん)、加奈さん(カナさん)ご夫妻にその理由を聞いた。

山地辰馬さん(左)、加奈さん(右)

乳牛のオス=経済的価値がない?

山地さん曰く、殺処分される理由は彼らが「乳牛のオス」であるためだ。

こちらは、茶色い体に大きな目、そして人懐っこい性格が特徴。脂肪分が豊富なジャージー牛のミルクは濃厚でコクのある味わいが出るため、バターやチーズなどの乳製品を作るのに好んで使われている。

日本で飼育されているジャージー牛は2022年10月時点で13,337頭いるが、その内訳はメスが約9割で、オスが約1割。しかし出生数の統計を見てみると、メスとオスは2:1くらいの割合で生まれている…。ということは、飼育されているオスの数が異常に少ない計算になる。

実はジャージー牛は体が小さく、成長スピードもゆっくりなので、大きくなるまでに時間とコストがかかる。メスはお乳を搾るために大切に育てられるが、オスは「育ててもミルクは出さないし、お肉も少ししか取れない」ということで、多くが生まれてすぐ殺処分されてしまうのだ。

一方、乳牛として最も多く飼育されているのが白黒模様の「ホルスタイン」。日本の乳牛の99%はこのホルスタインなのだが、ホルスタインのオスは体格もいいため1〜2年ほど肥育され、「国産牛」のお肉としてスーパーなどで販売されている。
しかしこのところ、円安・ウクライナ侵攻などの煽りを受けて肥育にかかるコストが上がり続けていて、「育てられない」と手放すケースも増えているんだとか。実際に、宝牧舎にもこの年、初めてホルスタインの子牛が3頭ほど引き取られてきた。

左からホルスタイン(白黒)、ジャージー(茶)、ブラウンスイス(グレー)

1日でも長く、幸せに暮らす時間を…

宝牧舎は元々、黒毛和牛の廃用母牛=子供が産めなくなった母牛たちのリハビリ放牧を行う牧場だった。しかし、この状況を知った山地さんは、殺処分されかけている乳牛のオスたちも引き取り育てようと決断。全頭に名前をつけ、声をかけながら世話をしている。
放牧という方法を選んだのも、牛たちがストレスなく、自然に近い環境で伸び伸び暮らせるようにという理由から。放牧という言葉は聞こえはいいが、とても大変だ。牛が危険なエリアに立ち入らないように山を整備しては見回らなくてはならないし、餌となる草が足りなければ、人の手で集めて牛たちに与えなくてはならない。文字通り朝から晩まで働く山地夫妻を見ていると、「牛舎で飼った方が楽なんじゃ…?」と思ったが、牛舎飼育と放牧を両方経験した2人からみると「やっぱり牛が生き生きしているのは、放牧」なんだという。

育てた牛のその後は、「食肉」か「廃棄物」

さて、育てた牛はどうするのか?気になるところだが…。宝牧舎では、最終的には屠畜し、お肉として販売している。
ジャージー牛をはじめ、放牧で育てられた牛のお肉は締まった赤身肉になる。「クセがなくさっぱりとしていて、肉本来の味を感じられる」と、宝牧舎のお肉を提供するレストランも徐々に増えてきた。

育てた後「結局お肉にするの!?」と屠畜に懐疑的な意見もあるだろうが、これには牛の扱いの複雑な事情がある。
牛は寿命を迎えたり、事故で命を落としたり、屠畜以外で死んだ場合、“産業廃棄物”として処理しなくてはならない。産業廃棄物、つまりはゴミ。そのお肉が誰かに食べてもらえることもなく、お墓のような場所に埋葬してもらえることもなく、ゴミとして扱われるのだ。
だから、そうなってしまう前に、「最後は命として大切にいただく」。そしてそのお肉を販売して得た資金で、1日でも長く幸せに生きる牛を増やしていくこと、それが宝牧舎の活動の目的だ。

牛の幸せとは?悩み考え続けながら

しかし、山地さんは「これが答えだとは思っていない」と話す。「もしかしたら、最終的に殺されるなら、生まれてすぐ殺してくれた方がよかったっていう牛もいるかもしれない。何が牛の幸せかは、牛にしかわからない。だから宝牧舎は“牛の幸せ”を考え続ける牧場でありたい。」と悩み、考えながら、日々牛を育てている。