ディレクターズコラム
”いい包丁”で料理は変わる?職人が作る刃物の世界をのぞいてみたら…
“いい包丁”は、料理を楽しくしてくれると聞いたことがある。最近、ついに私も”いい包丁”を手に入れた。たかが「切る」という料理のいち作業に過ぎないが、職人技が光る上質な道具は、生活にどんな変化をもたらしてくれるのか。実際に使って確かめてみた。
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地域ごとに個性 奥深き包丁の世界
「切れればなんでもいい」。料理は好きで自炊の頻度も多い方だと思うが、私にとっての包丁の認識は、ついこの前までこれだった。家にあって当たり前のものであり、それがどこでどのように作られているのか、思いを巡らせたこともなかった。
しかしこの度、いい包丁をお迎えしようと思い立ち、せっかくなので日本の刃物づくりについて調べてみた。すると、国内には“三大産地”と呼ばれる場所があり、場所によってルーツも特徴も異なっていることがわかった。
三大生産地と異なるルーツ
日本の包丁作りの三大産地は、岐阜県関市、新潟県三条市、大阪府堺市。
包丁といえば関市というイメージを持っている人が多いだろう。関の刃物作りは鎌倉時代から約800年の歴史を持ち、日本刀をルーツに持つ。切れ味が良いのはもちろん、刃こぼれしにくく芯の強さがあるとして、日本のみならず世界三大生産地としてもその名を馳せている(他2つはドイツのゾーリンゲンとイギリスのシェリンガム)。個人的には、ふるさと納税の返礼品やカタログギフトでもよく見かけるイメージで、「関の刃物」としてのブランドの強さを感じる。
三条の刃物は釘がルーツ。江戸時代に農家の副業として金属を打って形を作る「和釘」が作られるようになり、その技術が鎌などの農機具や刃物に応用されたそうだ。それらの道具の生産が盛んになると、次第にレベルの高い鍛冶職人たちが集まり、高度な自由鍛造(金属の形を自在に変える)技術が育っていったという。その技術は現代にも受け継がれ、包丁以外の刃物製品も盛んに作られている。
堺は室町時代、北陸地方から日本刀作りをベースとする包丁鍛冶集団が移住したことから刃物の生産が盛んになっていったのだそう。堺といえば、中世の貿易の拠点。南蛮貿易でたばこが入ってくると、たばこの刃を刻むための包丁が作られるようになり、その切れ味は江戸幕府の専売品になるなど高い評価を受けたという。堺に鍛冶技術が馴染んだ背景には、古墳時代に仁徳天皇陵(大山古墳)を作る道具の生産のため、鍛冶職人が集められていたことも影響していると言われている。こんなにも長い歴史があったとは…。
関・三条は家庭用 堺はプロ用
どの場所も歴史と高い技術力を持っているが、実は関と三条は主に家庭用、堺はプロ用として需要が分かれている。その秘密は刃の形。関や三条で作られるの包丁は、刃の断面がV字になっている両刃包丁(洋包丁)が多く作られている一方、堺が得意とするのは断面が「レ」に見える片刃包丁。片刃の方がより鋭角のため、食材の細胞を壊さず切れることから、多くの料理人が愛用しているのだそう(料理人の約9割が堺の包丁を使っているとも言われている)。
プロクオリティの家庭用包丁
職人技が光る一本
歴史ある産地の包丁を日常に取り入れたら、料理は変わるのだろうか。今回私が手に入れたのは、大阪・堺の老舗刃物店「實光刃物」の新作包丁「Silva 三徳 180mm」。波模様がついた刃は2mmと薄く、ハンドルは漆塗り。ちょっとゾワッとするくらい、見るからによく切れそうな包丁だ。
この包丁は、堺が得意とするプロの切れ味を家庭でも体感できるようにと開発された家庭用の包丁で、さびにくくお手入れもしやすい素材で作られている。両刃包丁のため、プロ用とは仕様が異なる(プロ用は鍛冶の工程が含まれる片刃包丁が多い)が、料理人に定評がある實光刃物の研ぎの技術が集約された包丁になっている。
握ってみると八角形の柄が手にフィットして、とても握りやすい。そして重厚な見た目に反して軽いのに驚いた(計ってみたら約128g)。刃を薄く鋭く仕上げている分、軽くて扱いやすい包丁になっているのだそう。高級感あふれる包丁に、なんだか自然と背筋が伸びる。
まずは刺身を切り比べ
いい包丁とそうでない包丁で差が出る食材としてよく挙げられるのが刺身。ということで、スーパーでマグロのサクを買ってきた。
いい包丁に対する「そうでない包丁」代表は、8年ほど前にホームセンターで購入したお値段2000円ほどの包丁。
まずは使い慣れた包丁から。なるべくギコギコせず手前に引くように切ってみる。薄く切れたことには切れたが、どうしても身が潰れてしまい、水分が出てきてしまった。
一方のいい包丁はどうかというと…引っ掛かりが一切なく、全然力を入れずとも包丁が滑るように入っていく。先に切った包丁と比べるとドリップもほぼ出ず、断面の滑らかさも一目瞭然だ。
包丁の違いは食べてみてもはっきりと分かった。古い包丁で切ったものは表面がざらざらとして水っぽいのに対し、新し包丁で切ったものは舌触りが滑らかでべちゃっとした感じがない。刺身の温度も新包丁で切った方が変化しにくいと感じた。
野菜もスイスイ 玉ねぎは涙が出ない
続いて野菜。まずは玉ねぎをみじん切りにしてみる。特に子どもの頃は玉ねぎを切るとなれば、涙が出ないよう鼻にティッシュを詰め、水泳のゴーグルをかけるという大袈裟な武装で臨んでいたものだが、よく切れる包丁は野菜の細胞を壊さず切れるため涙を誘発する物質が出ないとのこと。
実際に切ってみると、確かに涙が全然出ない!鼻を近づけて吸ってみてもツンと来るにおいがしない。そして何よりも「シャキッ」と包丁が入る感覚が気持ちよくて、もっと刻みたいと思うほどだった。
最後は鶏肉 この日一番の感動が!
最後は鶏肉。私は皮付きのまま調理することが多く、いつも身と皮を一緒に切っているのだが、皮の部分はグニグニしていて包丁が滑ってしまいきれいに切れた試しがない(調理用のはさみを使う時も真っ直ぐには切れない)。この包丁なら、ストレスなく切れそうな気がする。結果は…
刃を入れた瞬間からほぼ力を入れずに、本当に軽い力でスーッと切れた。これにはこの日一番感動した。今まで使っていた包丁があまり良くなかったこともあるが、この包丁は「鶏肉は切りにくいもの」という認識を劇的に変えてくれた。
【結論】“いい包丁”で料理は…
「楽しくなります!!!」
今までは作業にすぎなかった食材のカット。特にみじん切りは面倒だなと思う動作だったが、“いい包丁”ではサクサク切る感触が気持ち良く、断面もきれいに仕上がるので、切ることを料理の目的にしてもいいくらいだ。まるで新しい世界の扉が開けた感覚!
テレビなどで芸能人が「ストレスが溜まったら野菜の千切りやみじん切りをします」と話しているのを聞いたことがあるが、今まではそれが全く理解できなかった。でも、この包丁なら切ることが楽しいから、ひたすら切り刻むことでストレスを解消できるような気がする。そのくらい、切るのが「楽しい」動作に感じられ、もっと料理をしたいと思うようになった。
そして何よりも、伝統に裏打ちされた“いいもの”を使っているという感覚が、私のテンションを上げてくれる。定期的にメンテナンスを行えば、20年、30年と長く使える包丁とのこと。これからはこの包丁を暮らしの相棒として、様々な料理にもチャレンジしたいと思う。