ディレクターズコラム
木が粘土みたいに…?木工家具制作の裏側と意外と知らない椅子の歴史
普段当たり前に座っている”椅子”。どんな歴史があってどのように作られているのか、皆さんはご存知だろうか?木を加工して椅子にする技術は日本各地にあるが、中でもその工程と仕組みが面白いのが「曲木家具」だ。今回は秋田の工場を訪問し、知っていそうで知らなかった椅子のあれこれを取材した。
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日本人と椅子の歴史
日本人が椅子に座り始めたのは最近のこと
今でこそ、どの家庭にも当たり前にある椅子。しかし、元々畳の上に座るという生活様式だった日本では、椅子は神事に用いられたり、戦国時代に戦陣で将軍が座るものであったりと、長らく用途が限定的だった。一般の人も椅子に座り始めたのはほんのここ1〜2世紀のこと、実は意外と最近の話なのだ。
椅子が日本の文化に取り入れられ始めた大きなきっかけは明治維新。西洋の文化がどんどん広がっていく中で、喫茶店などの洋風の施設が増え、大量の椅子が必要となった。もちろんその時代に椅子を量産できる技術や設備は国内になかったため、海外から椅子が輸入されるようになる。
しかし、日本は国土の3分の2を木々が占める森林大国。豊富な木材を使用して産業を発展させるべく、国策として椅子作りを学びに多くの技師が海外へと派遣され、日本でも木製椅子の製造が始まることとなった。
曲木椅子の流行
当時、椅子の量産を可能にし波に乗っていたのが、世界で最も有名な椅子メーカーの1つ、ドイツのトーネット社だ(1819年にミヒャエル・トーネット氏が創業)。木を曲げて加工する「曲木家具」の生みの親であり、代表作である「No.14」は世界中で大流行。1850年から1930年の間に5,000万脚以上が製造された。
木を曲げて加工する技術は、椅子のデザインの幅を広げるだけでなく、強度アップにもつながっている。曲げた木材は通常のものより目が詰まって硬くなるのだ。
この曲木の技術が日本へも持ち帰られ、10社以上の曲木家具メーカーが創立されたのだった。
その中の1社が秋田県湯沢市にある「秋田木工」だ。無垢材をひねって加工する曲木家具の製造を専門としており、国内で唯一、木を三次元に曲げる技術を有している。今回は、秋田木工の工場に潜入し、その技術と椅子が出来上がるまでの全工程を見せてもらった。
木が粘土のように曲がる?曲木家具工場に潜入
普通の状態で木を曲げようと力を加えれば当然折れてしまうが、曲木家具には木材を90度以上に曲げた加工なども見られる。木をこれほど自在に曲げるとは、一体どういう技術なのだろうか?
リミットは5分、一発勝負
曲木の家具づくりは、天日干しから始まる。通常木材は加工前に乾燥機に入れて一気に水分を抜く処理が施されるが、そうすると木の細胞が死んでしまって曲げの加工ができなくなるんだそう。そのため、秋田木工では1年もの時間をかけてゆっくりと天日干しで水分を抜いていく。
水分が抜けたら準備は完了、製造の最初の工程が「曲げ」となる。どうやって曲げるのかというと…まずは約100℃の蒸気で長時間蒸す!すると木材は軟化し、曲げに耐えることができるようになる(蒸す時間は曲げる角度や材の太さによって前後するが30分〜数時間ほど)。
しっかりと蒸し上がったら、金型に支点となる部分を固定し、一気に力を加え曲げていく。蒸気を吸い熱々の状態になっている間しか曲げることはできないため、作業に使える時間は長くて5分ほど。曲げた木は冷えたあと乾燥させることで完全に固まる(逆にいうとそれまでは元に戻ろうと動く)ため、その間は金具を使って固定しておくのだという。
「どの木材でもこんなに曲がるわけではないんです」と秋田木工の風巻穣社長。曲木家具に使用できるのは主に「ブナ」と「ナラ」で、この2つの木材は細胞同士の間に隙間が多数あるため折れることなく曲がるのだという。
全工程を1つの工場で
その後、半日ほど乾燥機に入れ熱風を当てることで完全に水分を飛ばすと形が定着する。金型から外して削り、研磨、組み立て、塗装と全ての工程を自社で一貫して行い、製品が完成する。座面に布やクッションが使われている椅子もあるが、その工程も担当部署が工場内にある。木材をカットする最初の工程から発送まで、1つとして外部に委託しているものはないというから驚きだ。
さらに工場を見学していて驚いたのは、木を曲げる際に使う金型や木を削ったり研磨したりするための道具も自社で作っていることだ。「秋田木工鉄工部」なるものが存在し、加工に使う道具のほとんどがここで作られている。
いい家具の違いは「壊れる時」
多くの職人が関わり、文字通り「手作り」された椅子。値段は安くはないが、デザインの美しさや細部までこだわり抜かれた作り、一度触れてみれば「特別な椅子」として自宅に迎えたくなる人は多いだろう。
ただ、椅子も数千円から手に入る時代、使用感も悪くないものも多い。現に椅子にそこまで強い関心がなかった私は、そこそこの椅子で満足して生きてきた。「いい椅子」がこれらと決定的に違う点はあるだろうか?
30年以上家具の販売に携わってきた秋田木工・東京支社の小澤さんによると、安価に販売されているファストファーニチャーと、組み立てまで職人が行う家具との違いは「壊れる時」にあるという。
「いい家具も壊れないわけではありませんが、壊れる時に人体に悪影響を与えるような壊れ方はしません。一方で、安い家具は壊れて怪我をしたというケースを見てきました」
私はまだ10〜20年くらいしかうちの家具と共に過ごしていないので、壊れる瞬間を目の当たりにしたことがない。しかし、壊れるくらい古くなってきた頃には私も歳を取っているだろうから、やはり安全なものを選ぶに越したことはないのかもしれない….。
ということで、工場で見かけて以来気になって仕方なくなってしまった秋田木工の椅子をうちにお迎えすることにした。
ようこそ!ウィンザーチェア
我が家に初めての「いい家具」としてお迎えした椅子がこちら。秋田木工で1995年に販売が開始された「ウィンザーチェア」だ。肘掛けから背もたれまではしなやかに曲げられた一本の木が通っている(この曲線がお気に入り)。さらに座面にもカーブが入っているため、座るとふわっとお尻が包み込まれるような感覚がする。丁寧に作られた椅子に座っていると、心なしか背筋も伸びる…!
ちなみに秋田木工には素敵な椅子がまだまだあった。最近ではダイニングの椅子を同じもので揃えず、違う形の椅子を複数置くという人も増えているんだとか。
私も椅子を増やす機会が来たら、いろんなデザインのものをお迎えしてその日ごとに違う椅子に座って楽しんでみたいなと思う。