熱狂と酔狂 ディレクターズコラム
“液体料理”という新世界 生き物と飲み物の境界で
肉、魚、虫、野菜、果実、草木…様々なエキスを抽出し、カクテルに仕上げられたそれは“液体料理”と呼ばれる。突飛に見えても出されるカクテルの美味しさは折り紙付き。ゲストの8割が海外からという「nokishita711」の提供する味わいが、京都旅行の新たな目的地となっている。
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ラスカルのカクテル
アライグマのカクテルが京都で飲める。しかもそれが美味しいらしい。噂を聞き“液体料理”と看板を掲げる「nokishita711」へ駆けつけると、衝撃的な味覚体験が待っていた。四条河原町の路地を少し入った4席の小さな店では、肉、魚、虫、野菜、果実、草木など様々な食材(あるいは食用に抽出可能と見出されたもの 例:香炉の灰)からエキスを抽出し、各種の酒と混ぜ合わせてカクテルに仕上げている。スピリッツやリキュールではなく、食材が主役という点が液体料理の最大の特徴だ。
カクテルはイカの旨味、でも臭みはない
訪問時は ホタルイカ/熊肉/東方美人/山椒酢/金木犀/ジン のカクテルに度肝を抜かれた。しっかりイカの風味があるのにカクテルであり、旨味のレイヤーが幾重にも重なりとても美味しい。完全予約制、おまかせコースのみの営業で、客の実に8割が海外からのBARファンたちだという。
食の表現の先端で
“世の中の誰もまだ体験した事がないものを産み出す”
アート、料理、音楽など、表現を生業にする人たちが皆、目指す高みだ。nokishita711の液体料理からは視覚・味覚の驚きと併せ、古物商でもある店主・セキネトモイキさんによる店内や器の設え、見立てにより世界線をずらされるような時間が供される。しかも液体料理のベースは素材から出汁を引く、発酵させる、熱を加える、など基本的な技術の組み合わせなのだ。材料も市場で普通に売っているものが多く、古美術と同じくセキネさんにより”見立て”られ、しかるべく調理され”設えられる”ことで、受け手をあっと驚かせる液体へと昇華する。
複雑な味わいを紐解く楽しみ
nokishita711にはルールがあり、下記内容を忠実に守ってカクテルメイクすると同時に、それぞれの素材に対しフラットに(動物性・植物性を隔てなく)向き合うことで今のスタイルが確立していった。
・お酒が主役でなく食材が主役
・発酵による複雑性のある酸味と甘味
・既製品のリキュールやシロップ、ジュースなどは使用しない
・レモン、ライム、クエン酸パウダーなどを使わない
・砂糖、蜂蜜、シロップなどは使用しない
・やたらめったら氷で冷やさない
・スムージーやポタージュのようなドロッとした液体では提供しない
・カクテルはすべて低アルコールです
・余った食材やカクテルを作る際の搾りかすなどで作った虫養い(おつまみ)と一緒に提供
※nokishita711のHPより抜粋
その日の食材から主役を決め、甘味と酸味を脇に配し、主役の旨味をカクテルへと調和させていく。レモン、ライムではなく乳酸発酵の酸味を、シロップ、ハチミツ、リキュールではなく麹による糖化の甘味を使うからこそ直線的ではない豊かな味わいが実現できる。
目の前を食材が通り過ぎていく
新しくセキネさんが向き合い始めたのが「野生食材」の活用だ。全国の生産者や伝統漁の現場をめぐる”食材探検家”の豊永裕美さんと出会ったことで、各地で細く細く続いてきた、伝統食とそれにまつわる文化に触れ、豊永さんを通じて各地の野生食材を仕入れることが可能になった。それまでもセキネさんは様々な野生食材を自身で採取し試食してきたが、4席とはいえ店で提供するにはまとまった数が必要だ。撮影ではナマズとウシガエルの捕獲を試みたがウシガエルは捕まえられなかった。しかし豊永さんの師匠たち、河原で子供の頃から生き物を捕まえ食べ続けてきた”生け捕りの翁”たちからは仕入れることができる。
足元を見つめることで拓いた新しい表現
液体料理は、ずっとあった調理法の可能性の”見過ごされてきた”部分。野生生物の活用は昭和初期までの当たり前が”忘れられてしまった”もの。新たな表現の可能性を拓くカクテルのレシピには、ナマズ、ザリガニ、ウシガエル(食用目的だったがために増えやすく、侵略的外来種)、虫たちなど食用文化が途絶え忘れられていた「捕まえた生き物を食べ物にする」文化の系譜が名を連ねる。メニューに連なる身近な河原や里山の生き物は、翁たちの技と知恵があってこそ食べ物として店に届く。けれどその知恵も技も受け継がれることなく消えかかっている(例えばウシガエルをもりもり捕らえる秘伝の網とか)。見立てと再発見によってもたらされる液体料理の知る楽しさ、新しいおいしさが、身近な環境と生き物の可能性にも興味を広げるきっかけにもなる。生き物と食べ物の境界を溶かす液体料理は、飲み物ながら読み物みたいな味わいがあった。