カモシテ ディレクターズコラム
麦と麹でSAKEづくり クラフトサケのパイオニア杜氏の飽くなき探求
日本酒の醸造タンクにハーブを投入し、清酒業界に衝撃を与えた”クラフトサケ”というジャンル。その生みの親である今井翔也杜氏が酒造りに新たな一石を投じる、問題作レシピの醸造に密着した。
醸造家の道具を増やす 麹の可能性の体系化
今井翔也氏は「クラフトサケ※」の作り手として注目を集めている杜氏だ。
江戸時代から続く群馬県の酒蔵に三男として生まれながら、新しい形の酒造りを模索して数々の蔵を渡って修行を重ね、酒ベンチャー立ち上げに参画したり、清酒醸造に制限の無いフランスに渡って醸造したりしてきた。
※クラフトサケ=日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、米を原料としながら従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルの酒(クラフトサケブルワリー協会による定義)
現在は自身のブランドLinné(リンネ)を立ち上げ、醸造所設立を目指しながらファントムブルワリー(他社の設備を借り醸造する)として活動している。今回造るのは米麹ではなく、麦・蕎麦・芋などの身近な穀物で育てた麹で米を溶かした酒だ。そのレシピを確立して、今後世界中の醸造家がそれぞれの土地の穀物で麹の酒を造れるよう技術を体系化することを目指すという、野心的な酒だ。日本酒の発酵方法(並行複発酵)を用いた酒がどこでも、誰でも作れるようになると言うと「無免許での酒造りは禁止されているはずでは?」と思われるかもしれない。確かに日本は明治期の日清・日露戦争の戦費を酒税で支えたこともあり、以降密造は厳しく制限されているが、海外では自家醸造に免許のいらない国も多く、おいしい酒が逆輸入的に日本になだれ込む未来もあり得なくはないのだ。
好奇心を発揮するレシピ クラフトサケの発明
2024年現在、日本酒の蔵は新規に増やせない。1970年代をピークに右肩下がりで消費量が減っていたため、需給調整として60年以上、新規に清酒製造免許は発行されていないのだ。しかし高品質な純米酒、吟醸酒に限っては需要が伸びており、今井氏はグローバルに展開する高級酒造りを志すSAKEベンチャー「WAKAZE」の立ち上げに参画。2018年、彼らはクラフトジンにヒントを得て、日本酒のもろみにハーブを投入した”ボタニカルサケ”を開発し、その酒が日本酒とは違い免許取得が現実的な”その他の醸造酒”に分類された。これが現在のクラフトサケの始まりであり、酒造りを志す若者たちにとって革命的な出来事だった。
米+水+麹=清酒製造免許の「日本酒」
米+水+麹+ハーブなどの副原料=その他の醸造酒の「クラフトサケ」
副原料の種類や量によってはほぼ日本酒のような味わいにもでき、副原料を活かした個性的な表現も可能なクラフトサケのブルワリーは2024年現在で10蔵ほどにまで増え、それぞれが酒の味わいを拡張するような、多様な表現の酒をリリースしている。
米の酒の到達点
今井杜氏は天保12年(1841年)創業の酒蔵『聖酒造』に生まれ、秋田県の新政酒造、富山県の桝田酒造店、新潟県の阿部酒造で蔵人として修行してきた。米の味を磨いたクリアな酒、米の味を濃縮した旨味の濃い酒、様々な日本酒を飲む中で「米の酒は一つの極みに到達しているのでは?」と今井杜氏は感じ始めたという。
その問いに向き合いながら、共同創業した「WAKAZE」では副原料を取り入れた酒をリリース、酒の味わいの幅を広げることに挑戦してきた。
しかしその時も踏み込まなかったのが「米以外の麹」の使用だった。日本酒からの発展の過渡期において、米以外の「副原料の酒」になりすぎないよう、酒造りの心臓部である麹については変えまいとブレーキを踏んでいたが、Linnéではまずそこに踏み込む事を決めた。
米の酒造りで技術を高めてきた近代日本にも、”技術的には可能だが誰も試みなかった”方法がまだ沢山ある。その方法をどんどん見つけ出して技術群として残し、日本酒の発酵方式での酒造りを次のステージに進める試金石が穀物の酒と言える。
多様性の爆発
これまでも酵母の開発による味わいの追求や、白麹で造る酸味の立った酒、黒麹で造るふくよかな酒など、清酒業界でも新しい味わいは追求されてきた。しかしクラフトサケが麹の酒にもたらしたゲームチェンジは爆発的と言っていい多様性を産んだ。免許制度施行後の酒造りは、酒造りの安全性を担保し、安定した品質をもたらした反面、一つ一つのレシピに申請がいるなど、製品の開発スピード、醸造の自由度については不自由さもあった。“伝統を守る”事と共に、グローバルな食の発展と刺激を受け合いながら、並走できるスピード感を持った麹の酒造りを志す、クラフトサケの今後に注目したい。