ディレクターズコラム
田園地帯になぜ?“花火職人”が手がけた古民家宿を体験リポート
2023年4月、福岡県南部の田園地帯に、築100年の古民家をリノベーションした宿「山の家」がオープンした。なぜ温泉地でも観光地でもない場所に宿が…?さらに、この宿作ったのは、なんと花火を作っている職人たち。様々な「なぜ?」を解明するべく、宿泊体験してきた。
観光名所も温泉もない場所に、突如オープンした宿
福岡県南部に位置するみやま市は、広い田畑と山々に囲まれた、人口3.8万人ほどののどかな田舎町だ。温泉が出るわけでもなく、特に目立つ観光地があるわけでもないこの町には、ビジネスホテルすらない。しかし今年の春、1軒のお宿が誕生した。なぜこんな場所に突然オープンしたのか?現地を訪れてみた。
自然と静寂の中にぽつり、築100年の古民家
福岡空港から車で約1時間、九州自動車道の柳川みやまICでおりて走ることさらに10分ほど。その宿は田んぼの端にある数軒ほどの小さな集落の、一番小高い場所にあった。周囲は木々や竹林で囲まれ、小鳥のさえずりや風が木の葉を揺らす音が聞こえる静かな場所だ。
築100年の古民家をリノベーションしたとの情報を事前に聞いていたが、そこにあったのは大きくて立派な平家建ての木造家屋で、100年前に建てられたとは思えないほど綺麗な状態だった。
中はどうなっているのか、いざ潜入!
中に入るとまず土間が広がっていて、何やらいい香りが….。なんと宿のエントランスとロビーに当たる部分が、昼間はカフェとして営業しているんだそう。せっかくなので、自家製パンのホットサンドを昼食にいただくことに。
日替わりだというサンドの中の具材。この日は鶏ハム×ゴボウサラダと大葉×チーズの2種類だった。スープ・サラダ・ドリンク付きで¥800。和風の味付けが絶妙で、特にゴボウサラダの食感が最高。ふわもち食感のパンともマッチしてとても美味しかった。
お腹が満たされたところで、いよいよお宿の部分へ。写真奥に見えるのれんをくぐると、廊下が続いていて、その先が宿泊スペースになっているらしい。
癒されすぎる。畳の間で念願の「美容鍼」を体験!
廊下を抜けると見えてきたのは、広々した15畳の和室と庭に面した風情ある“縁側”。ドラマに出てきそうな素敵な縁側に早速腰掛ける。ここに寝転んで庭を眺めていたら、時を忘れてしまいそうだ。縁側を囲うガラス戸は全て開け放つことができるので、いい風も入ってくる。
一方、寝室は驚くほどモダンな空間だった!部屋に足を踏み入れた途端、柑橘系のアロマのいい香りが漂ってきて癒される…。床はスギを使った温かみのある板の間に張り替えられ、ここに綿の布団を敷いて眠る。大きな大きな一枚ガラスの窓からは、奥の竹林を絵画のように楽しむことができる。小上がりになっているので、夜はここでお酒を、朝はコーヒーを楽しんでも良さそう。ワクワクが止まらない。
夕食を待つ間、畳の広間では宿泊者限定で瞑想や鍼灸の体験ができるということで、私は鍼灸を選択。(どちらか1種類を予約時に要選択)わざわざ隣町から出向いてくれた鍼灸師の先生に、美容鍼の施術をしていただいた。美容鍼はずっと気になりつつも怖くて勇気が出なかったが、この空間ならいけそうな気がした。
結論:もっと早くやってみればよかった。刺すときにツンとつつかれる感覚があるものの特に痛みはなく、一定の時間が経つと自然と針がポロポロ取れ始めた。(先生によると、肌が針を押し出す力によるものらしい。)出血もほとんどなく、私は跡も残らなかった。
終わったあとは頬がうっすらピンク色になり、周囲に「顔色がいい」「なんか今日ツヤっとしてる」と言われたので効果を実感できた。
お待ちかね!今晩の宿飯は…
廊そうこうしているうちに夕食の時間に。夕食は「薬膳鍋」のコースだ。麻辣とスッポン出汁の2種類のスープに、地元産の野菜やお肉、そして味変用の薬味も数種類。薬膳は種類によってそれぞれ効果が違うため、季節に合わせてバリエーションを変えていくそう。
鍋の〆といえば、福岡では雑炊やちゃんぽんが一般的だが、南関素麺(お隣の熊本県南関市の特産品)という麺が今回の〆。乾麺のままスープに入れるため薬膳スープをしっかり吸って、細麺にスープがよく絡み美味しかった。
宿の発起人は“線香花火職人“ の夫妻
この素敵な宿を、誰が、なぜこんな場所に作ったのか?発起人の正体は、すぐ近くで手持ち花火の工場「筒井時正玩具花火製造所」を営む筒井良太さん・今日子さん夫妻だ。実は、筒井夫妻は日本にわずか3社しかない「線香花火」の作り手。
筒井夫妻は、花火を製造するだけでなく、地域を巻き込んでイベントを開くなど町おこしの活動にも力を注いでいる。そのため、いろいろな相談ごとが舞い込む。
持ち主が高齢化、管理に困っていた古民家を「みんなが集う場所」へ
この古民家は、長らく人が住んでおらず高齢の持ち主が管理していたそうだが、「そろそろ自分では限界が…」と筒井さんに相談があったという。
建物の中を見てみると、建築当時は九州になかった技術を用いている箇所があったり、戸や窓、欄間の細部にも飾りが施されていたりと、すごくお金をかけて建てられたことが伺える。さらには、九州は雨が多く毎年のように台風も直撃するのに、築100年とは思えないほど保存状態がいい。
筒井夫妻は「こんな貴重な場所を途絶えさせるのは勿体無い。みんなが集まる場所にして、また息を吹き込みたい」と思ったそうだ。
なぜ、宿なのか?
でも一体なぜ「宿」だったのだろうか?きっかけとなったのは、展示会や体験イベントで聞いたユーザーの声だ。
「最近、花火をできる場所がない。」
近年人口は都会に集中し、都市部の“都市化”が進み続けている。緑は減り、マンションが増え、地域の人と人とのつながりが希薄になる中で、公共のスペースは利用ルールが厳しくなった。「花火禁止」という注意書きがされるようになった公園も多く、花火で遊べる場所が減っているのだ。
私は子供の頃、夏には自宅や公園で花火を楽しんだ記憶があるので、線香花火の煙のあの独特な香りを嗅ぐと「懐かしい」と感じる。しかし、最近、花火に慣れていない子供や若者が「くさい!」と否定的なリアクションを示すことに、筒井夫妻はショックを受けたという。
香りと記憶は密接に結びつく。その理由は、五感の中でも“嗅覚”だけが、脳にほぼ直接的に信号を送ることができるという人の体の作りに関係しているとされているが、「線香花火の香りをかいで懐かしいと感じる人がいなくなった時が、線香花火の文化が終わる時だと思う」「だからその風景と記憶を伝えていく努力をしたい」と筒井さんは話してくれた。
花火を好きなように楽しめる!新たな形の宿づくり
田舎におじいちゃんおばあちゃん家がある子はいいが、そうでない子供たちの記憶にも、花火を残していくために!周囲の目や時間を気にすることなく思いっきり花火を楽しめる場所を作ることを目指し始めた筒井夫妻は、第一弾として2020年に「川の家」と言う宿泊体験施設をオープンさせた。
そして第二弾としてオープンしたのが今回の「山の家」。こちらは縁側で静かにゆったりと花火の光を見つめながら思いを馳せることのできる、大人向けの宿をコンセプトにした。
場所だけでみると、温泉地でもなく、観光地でもない。が、それだけが旅先を選ぶ指標という時代は終わったんだな、と筒井さんの宿を訪れて感じさせられた。
山の家では、記事では伝えきれなかった線香花火の知られざるストーリーも知ることができ、知的好奇心が満たされることは間違いないだろう。また、食事はもちろん、アメニティやルームウェアに至るまで地域ならではの衣食住を余すところなく詰め込んでいるため、花火以外の素敵な出会いもあるはずだ。
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