脳卒中フェスティバルで発見!? 片手で使いやすい多機能リュック

荒地に、種をまく ディレクターズコラム


脳卒中フェスティバルで発見 !? 片手で使いやすい多機能リュック

仕事もプライベートにも使えるリュック。もしリュックを背負った状態で財布やパスケース、取り出したいものを”片手”で楽に出し入れできたら。今まで当たり前のようにリュックを一度下ろしてから取りたいものを取っていた自分としては、なんの疑問も思わなかった機能だが、思わずハッとさせられる背景がこのリュックにあった。


多田 篤生

神奈川県出身。コンテンツ企画、撮影、動画編集を担当する一児(娘)のパパディレクター。映画が好き。
最後の晩餐はフライドポテトかチョコミントアイスで一生迷っている。


片麻痺当事者の声で生まれた
“片手”で使いやすいリュック

リュックを背負った状態でも、財布やパスケース、
取り出したいものを “片手” で
楽に出し入れできるリュックが完成した。

自分が過去選んだリュックを思い返すと
ほぼ黒のシンプルなリュックがほとんど。

収納があるに越したことはなかったが、
「取り出しやすさ」という視点で選んだことは一度もなかった。
少し煩わしさはあるが、ものを取り出したければ、
リュックを下ろせばいいし、両手を使えばいい。


しかし、
その動作すら大きな負担に感じているのが、
病気や事故で体の半分が思うように動かせなくなった「片麻痺(かたまひ)」の当事者だ。


「片手で扱えるバッグがあれば…」
そんな小さな声が1年以上の歳月をかけて形になり、一般発売される。

このリュック、両手が使える人にとっても
かつてない使い心地を実現していたため、
今回は開発の舞台裏と共に紹介したい。




開発のきっかけは
「脳卒中フェスティバル」!?

デザイナーが行き着いた
「あえて難しい生地でカバンを作る」

手がけたのはファッションデザイナーの伊藤 卓哉さんだ。
服飾デザイナーとして長年様々な企業と関わり、
服とカバン、異なるジャンルの商品開発を経験してきた。

ジャケットにスカーフと私服もおしゃれな伊藤さん。

物腰柔らかい人だが
話していると常に話題に上がってくるのが、
デザインへの発想やカバン作りにかける情熱は
探究心の塊みたいな人だ。

伊藤さんは、高級レザーバッグ【Magnuマヌー】を製作しているが、2014年にエアバッグ開発技師と知り合ったことをきっかけに、廃棄自動車に残されている素材を再利用したプロダクトを立ち上げることに。

“エアバッグ”という加工の難しい、
あえて“厄介な廃材”を扱うことで、
デザインの本質に目覚めたという。

車の事故など衝突時に乗員を保護する“エアバッグ″は
一度も作動することなく役割を終えるケースがほとんど。

もちろん、作動しないこと自体が一番幸せなことだが、
命をまもるための頑丈な素材が、

繊維の再利用が難しいという理由で、
多くが廃棄されるという。

そんな廃棄エアバッグを集め、
伊藤さんはファッションのプロの目線から
新たなカバンに生まれ変わらせた。


それがyoccatta TOKYO(ヨカッタ トウキョウ)だ。

yoccattaは『エアバッグが作動しなくて…ヨカッタ!』
という意味が込められている。


“脳卒中でもお祭りだ!”
【脳卒中フェスティバル】代表 小林さんとの出会い

“脳卒中でもお祭りだ!”

なんともインパクトのあるセリフだが
これは「脳卒中フェスティバル」
略して「脳フェス」という社団法人のキャッチコピー。


「脳フェス」は脳卒中になった人たちが
全ての人との垣根を無くすため、
全力で楽しむ場を分かち合いたいという想いから、
両者共通の体験を作ることを目的としたイベント運営などを行っている。

「脳卒中フェスティバル」代表 小林純也さん

代表を務めるのは理学療法士の小林純也さん。
自身も脳卒中で半身麻痺が残ってしまったが、
以来カバンが使いづらいと感じるようになり、
悩みの1つとなっていた。

「背負いながら片手だけで最大限アクセスできるようなリュックがあれば、 そのまま全ての人にとっても便利なデザインになるのでは?」と考えるようになったという。


そんな時、共通の知り合いの紹介で
デザイナー伊藤さんと出会い、
あえて難しいカバンのデザインに挑戦する姿勢を見て、
「片手で使える理想のカバンを作って欲しい」と依頼。

伊藤さんも「ぜひやってみたい」と快諾し、
今回、リュックの製作がスタートした。


製作にあたって、まずは「使いたくても片手しか使えない」片麻痺当事者数名から、
市販のリュックについて不便に感じる点を募った。

・片手だと鞄を床に一度置かないと
 中にアクセスできないので
 背負いながら片腕で鞄の中身を取り出したい。

・片麻痺だと前に背負い直せないので、
 電車やエレベーターの中で背中のリュックが
 周りの人の邪魔になってしまう。
 狭い場所でもスムーズにリュックを
 体の前に持ってこれる機能が欲しい。

・片麻痺だと傘がうまくさせないので
 リュックに撥水性が欲しい。



この声を最初に聞いた時、私はハッとさせられた。
今まで気づきもしなかったが、

世に出回っているリュックは両手が使える前提のデザインがほとんどなのだ。

使いやすいリュックとは?

片麻痺当事者のリュックへの想いと不便さ

伊藤さんはまず前述の意見をベースに
試作リュックを作り上げた。
そして実際に片麻痺当事者がモニターをすると聞き、
私は受け渡しに同行した。

今回モニターを務める川尻さん。
脳梗塞で左半身に麻痺が残ってしまったため、
右手で杖をつきながら生活している。

今はガマ口のレザーリュックと、
財布など頻繁に取り出すものをまとめたショルダーポーチを併用しているほか、
飲み物をテイクアウトできるようにと自作で肩がけのドリンクホルダーも開発していて、
自分なりのカスタマイズをしているのが印象的だ。


ガマ口タイプのリュックを選んだのは、
チャックよりは開け閉めがしやすいからだという。


実際にリュックを背負った状態で、
ポケットから物を取り出すアクションをやってもらったところ、
片手で引っ張ったチャックは上手く噛み合わず、スムーズに開け切ることができない。


川尻さんの場合、1分ほど手探りで引っ張ってみてやっと開いた。
しかし今度は閉める作業にまた時間がかかる。
自分達が何気なく使用していた多くのリュックは
「両手を使ってちょうどよく」作られていることを実感した瞬間だった。


電車での移動も気を遣うことの連続だという。

「車内が混雑している中、リュックは前に下ろしづらいので持ち直せないし、喉が乾いてドリンクを取り出したくても後ろを手探りすると他の人にぶつかってしまうのが申し訳ないから、
諦めてしまうことがよくあるんです。」


今まで一度も使いやすいカバンに
出会ったことがないという川尻さん。

リュックの試作品は、
果たしてそんな悩みを解決する
仕上がりになっているのか?



試作リュック受け渡し、そして更なる進化へ

伊藤さんは最新トレンドの発信地、渋谷に事務所を構えている。

中に入ると壁や棚に多くのバッグやリュックが飾ってあり、
まるで芸術家が作品を飾るアトリエみたいな場所だった。


脳フェス代表の小林さんも合流し、
一緒に試作リュックを広げる。

・撥水モデル
・片手で物が出し入れしやすい
・ショルダーに切り替わる

事前にヒアリングした片麻痺当事者の意見を
ほぼ全て反映していた。


「両手が使える人が想像で作ってるだけだから、実際使ったらどうなるかはわからない」と
前置きしていた伊藤さんだったが、


2人の反応はというと….

「カッコいい」
「ハンドルがしっかりしてるから片手で背負いやすい」
「ペットボトルが入れやすい」
「シンプルにバッグとして使いやすいのが一番良くて、ちょうどいい」


計算された使いやすさに、感想が止まらない様子。
伊藤さんは少し下を向いて嬉しそうにしていた。



機能性・使用感ともに
当事者の満足のいくものに仕上がっていたので、
私はこれで完成したのだと思っていた。


しかし、なんとここからさらにイベントで
実際にリュックを使ってもらい
当事者の意見を集めてブラッシュアップしていくとのこと。




脳卒中フェスティバルにて当事者100人にアンケート

2022年11月、脳卒中フェスティバルが
名古屋のショッピングモールで開催された。


最新の便利グッズやモビリティ展示など
当事者向けのブースに加え、一般の方も楽しめるようにと、
ステージではダンスやファッションショー、トークショー、
バンド等が終日賑やかに行われていた。

この日は5000人以上が来場。
常に多くの方が立ち寄り、話す声が聞こえる。
こんなにも盛り上がるのかと正直びっくりした。

リュックのブースでは伊藤さんが、
訪れる片麻痺当事者やその家族へ丁寧に機能を説明していた。


「ショルダーベルトがかけにくい」
「肩ベルト部分のクッションはもっと厚めがいい」
「上口をもっと広くしてほしい」


手に取った人からは新たな意見がどんどん出てくる。
モニターに同行した時も思ったが、
片麻痺といっても人それぞれ症状も感覚も全然違うし、
便利さの基準も曖昧だ。

しかし伊藤さんは妥協なく
どんなユーザーにも満足してもらえるよう耳を傾けていた。



「100人もの意見を聞くのは大変では?」
伊藤さんに声をかけると、
生き生きしながらこう答えてくれた。


「当事者の方が普段感じているわだかまりを聞けたことは良かった。普通ファッションの現場ではここまで使いやすいか使いづらいかを直接要求されることはまずない。
こんな経験はなかなかできないから楽しい。
使いやすいことはもちろんだが、デザイナーとしては“かっこいい”と思ってもらえるものに仕上げていきたい。」


アンケートには多くの要望が書かれていた。
ここから希望や要望を吸い上げ最終調整に入る。



【SIDE MY LIFE -サイドマイライフ-】誕生

イベントから半年、
多く半身麻痺当事者の希望を吸い上げた
最高のリュックが完成した。


その名も【サイドマイライフ】


リュックとトート、ショルダーにもなる3way仕様。
バックパックとしてはもちろん、
レザー部分の取手を持てばトートバッグになり、
通勤や通学、プライベートと多くのシーンで使い分けられる。

カラーはブラック。
どのファッションにも合わせやすい
シンプルなデザインで撥水性も兼ね備えている。

電車やエレベーター内の狭い場所でも
付属のショルダーベルトを使うことで
前に背負い直す必要もなく肩がけに切り替えやすい。




片手使用に特化した機能

片手での使用を想定しているリュックなので
普通のリュックにはない左利き用も開発。
利き手によって収納の配置を変えている。

【写真右】が右利き用、【写真左】が左利き用。

使い勝手の良いフロントファスナーポケット。
頻繁に取り出すパスケースや、スマホ、
財布などが取り出せる想定だ。

チャックの持ち手にヒモが付いているのだが、
このヒモの長さが片手でも絶妙に引っ掛けやすく、
背負った状態のまま手を回すだけで
無理なく届いて開けられる。


ファスナーの硬さもちょうど良く、
開け閉めする時に片手でバランスが取りやすい。

思わず「やばっ」と声に出てしまうくらいストレスなく
背負いながらパスケースを出せることの便利さに驚いた。


私は仕事柄荷物が重くなりがちだったが、
このリュックの便利さを実感して初めて、
これまで何かを取り出す時に毎回リュックを前に回す作業が
ストレスだと感じていたことに気がついた。


背負いながら取り出せる機能は、通勤や買い物など
様々なシチュエーションで誰にとっても便利なものとなるだろう。


他にもこだわりの機能が多くあるが、
詳しくは商品ページをチェックしてみてほしい。






脳フェス代表の小林さんが言った言葉がずっと残ってる。


「ストローやジッポライター、ワンタッチの傘など元々、
両手が使えない人のためにどうしたらいいかとか、
寝たきりの人が飲み物を飲むためにストローを曲げてみるとか

そういった不便から誕生していると。
このリュックもそこから生まれてきているものかもしれないですね。」


便利なものは
大抵意識をしていない部分にヒントが隠されている。


片手しか使えないという不便を吸い上げ、
使いやすさを極限まで突き詰めた伊藤さんのリュックは、
上記のアイテムに次ぐ発明かもしれない。


 

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『廃棄物がファッションに!片手で使いやすい、唯一無二のバックパック』

廃棄物がファッションに生まれ変わる! 廃棄エアバッグをアップサイクルする「yoccattaTOKYO 」(ヨカッタトーキョー)が、ユニバーサルデザイン『SIDE MY LIFE』シリーズを発表します。 片麻痺当事者の意見を参考に、同じ個体がない唯一無二のバックパックをデザインしました。